あれから4年が経過しました

 4年前の2011年3月11日に東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生しました。あれから4年です。早いものですね。そして時間は皮肉なものです。
発生時、ぼくはたまたま外出しており、駅に向かい地震に関する情報を確認しに行きました。当初は「大したことないだろ」と思いつつ駅へ向かいました。
駅のモニターを見てから、ぼくの頭は真っ白になりました。当時、FFAには東北地方に在住していた方(現在は引退しています)がいらっしゃったので、尚更不安になりました。
出来るものならすぐに安否を確認したい。しかし、テレコムセンターにおける火災が原因で、携帯電話(当時はガラケーでした)がほぼ繋がらない状況。周囲の店もほぼ閉鎖。
とりあえずこの後再び震度階級の高い地震が発生した場合どうするか、と考えてた矢先、余震が発生し、階段を上ってる途中、悲鳴が聞こえました。パニックで周囲が見えなくなってる
人々が多かったのでしょう。混雑している中、人が通れるぐらいの隙間を駆け抜け地上へ登りました。当時は冷静でしたが、もしパニックを起こしていたらと思うと…
電波が繋がるようになった後、地震発生の影響で電車が止まっている影響で、現在の所在地まで歩いて帰宅することに。幸い、予備のバッテリーを1つ所持していたため、
途中で電池が切れるもなんとかなり、最終的に夜中に到着しました。その距離はたった約35kmでしたが、身内の安否が確認できた時の喜びは、今でも思い出します。
帰宅後、TVを通して津波や原発の映像と、ぽぽぽ〜んを目にし、数日間、恐怖で外出できませんでした。無論、高校の方は休校となり、
ほとんど家にいたわけですが、今考えてみれば何も出来なかった自分が少々情けなく思えます。こんなことを言うのも何ですが、募金活動は正直あまり信用できません。
母校(高校)の校長のように飯館村へ直接募金を届ける、という場合なら別ですが、当時もそのせいか募金は出来ませんでした。出来るなら自分で直接渡したかったのでしょう。
しかし当時何も出来なかった自分を思うとやはり情けないです。せめて、地震のメカニズムに関して少し勉強するんだったなと思います。マグニチュードに関する計算なら、
当時やったんだけどね。(例えば、M7.6の地震はM3.5の地震の何倍のエネルギーかを求める計算は、高校生でも解ける。)内心、地震や津波に関して研究したい、とも思っていた
時期があったものの、その辺りの学科は受験しなかったな…(地球科学科自体が少ないのに加え成績が悪かったこともあるのだが)

結果的に死者・行方不明者20000人以上を出し、4年が経過した今でもなお、原発や被災地の復興、放射能汚染、そして風化の恐れなど、多くの問題を抱えている状態です。
来年で5年になり、10年後、20年後もこの未曾有の災害を忘れないで行こうと思います。

 余談。こちらは昨日の話になりますが、高校時代の友人達と1年ぶりに再会しました。高校時代によく一緒に帰り道を共にした3人との再会はやはり良いものでした。
テンションが違うね。全然違う。高校時代の仲間の中でも、トップクラスに楽しかったと思う。時間が短かったことが少々残念だったが、次回再び会う際はもっと長く遊びたい。
あと、みんな高校時代と変わらず楽しいやつらだった。かくいうぼくも高校の頃から変わってないと言われたが、それはそれで嬉しい。テンションは高いと言われたが。まあ1年ぶりだし。
卒業してからの進路はそれぞれ違えど、今後も仲間を大切にしていこうと思う。久々に、楽しい時間を過ごして、高校時代の仲間の大切さを改めて実感した。

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